毎晩、ガソリン(液体)に油膜(ポテチ)という、(罪悪感の)別ストレスを与えないと、体が動かなくなってまいりました、、、、昨日はもう、15年目?!の学校公演。
関わっているアッセンブリッジ・ナゴヤの配信プログラムで名フィルの方々のインタビューに携わり(もちろん、彼らだけではないのですが)いかに演奏家にとって「お客様」つまり音楽を共有する相手がいることが大切か、ということを、みなさまのお話からも再確認したわけではありますが、相変わらず「本番」が苦手な私ですら
”ああ、こうやって毎年きいて、待ってくれる子達がいるって、なんて幸せなんだ”と彼らから毎年恒例以上のパワーをもらい、
「みんながいるから、私達が音楽を届けることを続けられます。ありがとうございます。」
と、言葉にせざるを得ない本番でした。
自発呼吸ができなくても、一人で歩けなくても、感想を言えなくても、彼らがいるから、音楽が輝き、仲間が集まり、私たちは演奏を続けられる。彼らの存在は小さいかもしれないけれど、確実に社会を動かしていることを、先生たちの笑顔や、一緒に演奏した仲間の音や、表情から、再確認したひとときでした。
今思うことは、もっともっと垣根なく、彼らとお付き合いしていく方法はないんだろうか、、ということ。彼らと仲良くできることが今時代が求める多様性を認めるにに一番近いのではないのでしょうか...
マイノリティは生きづらい、ではないはず!
不要不急と言われることが、社会を支えてるのではないのかなあと。



