2020年1月31日金曜日

早弾きと早食いは似ている?

暖冬が続きます。
冬らしさがない、同じ土地で暮らし、年齢を重ねるごとに、「冬」という体感が自分の中に育っていってそれと比較できる力がつくのでしょうね。

まだ生まれたばかりの子供たちには、冬の寒さは、、と言っても、繰り返されていないので、そこまで体感としてないのかもしれません。寒いことはわかっても、、。

大学の授業で勤務校はカデンツの聴き取りを強化しておりますが、音楽のフレーズの終わりがわからないということは、まだ体験、体感が足りていないからでしょうか。それがわかって初めて、そうでないものに触れた時の驚きや、感動、また定型のカデンツの落ち着きや、安心などというものに気付けると思います。

小さな子は、ゆっくりの曲を演奏するのが苦手な子が多くいるように感じます。
それは、いずれの楽器を演奏する子にも言えるのですが、
ピアノの子は特に
⚪音を出してしまったらどうしようもないので、伸びている音を聴く習慣がない
⚪️伸ばしている音以外の動きが忙しいのでそこまで耳がいく余裕がない

弦楽器(管楽器や歌も一緒でしょうか)の子は
⚪️伸ばしてはいるが、運動が単調でつまらない(笑)
⚪️伸ばしている時の伴奏の音が想像できない。

など、耳が閉じてしまって、つい次のアクションに移りたくなってしまいがちです。

食事をただ口に運んで無意識に噛み、飲みこむことと似ています。
ゆっくりと食事をいただくとき、これは何が入っているかな?と考えながら食べるとき、
美味しい大好物を幸せを感じて食べるとき、器とお料理の調和を楽しみながら食べるとき、一緒に食事をする人との会話や、空間を楽しみながら食べるとき、、。

五感を使って、日々の生活の中にもたくさんのヒントを見つけながら練習すると、効果がありそうですね。

レッスンの中では、音楽をなるべくその子の経験、体験していることであろう事柄と結びつけていくように心がけています。
海を見たことのない子に、海の話をしてもわかりませんが、広い空は見たことがあるかもしれません。
そんな風に一人一人の立場に立ちつつ、小さなヒントと音楽を結びつけることで、遠くの点と点を結んでクリエイティブな活動をしていくことを期待される「これからの人たち」の何かお役に立てたらなあ、と思っています。


2020年1月24日金曜日

小学生のソルフェージュレッスン

私は小学生とのグループレッスン(ソルフェージュ)が大好きです。
レッスンで様々な質問をするのですが、その答えに楽しませてもらったり、考えさせられたり、毎回次が楽しみで仕方ありません。
子供たちもありがたいことにそう思っているようで、何があろうと、インフルエンザにかかろうと、楽器のレッスンはお休みであろうと、行きたいとか言ってくれるようで、うれしい悲鳴です(笑)
現在は、ピアノを主に学ばれている子のレッスンが小学生には多く、演奏している曲を尋ねると、そんな難しい曲をこの歳で!!とよく驚かされます。

しかし、実際ソルフェージュの現場では、とても単純な楽譜が初見できなかったり、調号について知らなかったり、長三和音と短三和音の違いが聴き分けられなかったり、モーツァルトが生まれた国はアメリカと思っていたり、、、と知識や読譜のスキルはさまざま。
忙しい現代、音楽のおけいこだけでは済まされない子供たちですから、ぜひ読譜を早くして、彼らの興味あることに時間をさいていけるお手伝いや、読譜から呼び起こされる他への興味拡大の後押しをしたいものです。

例えば、音符の並びや、和声の移り変わりも、オーソドックスなものは、
「今日はいい天気ですね」
のように、シンプルなものです。
それが「今日はいい天気でしたね」 か、 「今日はいい天気になりそうですね」になるとそれを発言しているのが、朝か、夜か、日中か、わかりますよね?
音楽のフレーズと一緒で、どこが着地点か、文章の終わり頃にはわかるのです。

そこが、「今日はいい天気ますね!」とはなりません。が、しばしば、日本語を
学んだばかりの人は、「です」「ます」の使い方の区別に迷ったりするでしょう。

その処理と同じようなこと(不自然)が子供たちにも起こります。なぜなら、まだあまりたくさんの音楽を知らないからです。もしくは、音符を記号と捉えて、音楽と捉えないからです。
私もどれが名詞か、動詞かもわからず、諳んじている他国語の意味のない一文がいくつかあります(笑)でもそれは、その言葉を「理解している」とは違いますよね。

言葉を発して/言葉を聞いて、情景を/が思い浮かべられるように、音符をみて、音楽を味わえるようになる。
そして、その音楽でキャッチボール(室内楽、もしくは作曲家、観客との対話)ができるようになる。
これほど美しいことは、ありません。音楽はことばを超えた言語ですから。

私がどんなに聞き流してもドイツ語がしゃべれないように、聞き流すだけでもなかなか身につきません。

知り、使ってみて、味わう。

とても短くシンプルな構造の音楽から、音楽の「ことば」を、明日も子供たちと共有していきたいと思っています。

モーツァルト、ベートーベンはじめ、大作曲家が書いた舞曲や歌など、短いけれども大変美しいメロディーは枚挙にいとまありません。

世の中には、あまりにも美しい音楽が溢れていて、またそれを、音にして伝えてくれる
素晴らしい演奏家(音楽家)がいます。

幸せなことです。しかし、その細部に気づかず通り過ぎてしまうのは、あまりにもったいないと思います。少なくとも私のところに来る子たちは、みんな音楽が好きなのですから、、。





2020年1月13日月曜日

焼肉屋に思う

新年、はじめての演奏仕事は、今日、1月13日という、例年になくスロースタートな今年。
素晴らしいメンバーと、華やかなニューイヤープログラムを演奏できて、とてもよい新年1本目の皮切りをさせていただけたことに感謝します。(しかも会場は徒歩圏内のホール)

また、新年早々、いくつかの新しい企画や、抱えているコンサートの内容を詰めたりしつつ、こうやっていただいたお仕事をさせていただくと、主催者や、マネジメント、関わっている演奏者、、、いろいろな方の目線をあらためて感じることができ、あらためて一つひとつの仕事への感謝が沸いてきます。

昨日は、とある対談をアレンジし、参加してきました。そちらでも、あらためてアマチュアの人々の音楽との関わり方を伺うことができて、様々な気づきがありました。

私は、音楽大学に入る頃には、「チェリスト」になることがひとつの目標であったはずなのですが、今は、自分がもはや何屋さんなのか、わかりません。が、演奏だけを極める人ではないようです。ありがたいことに、私が尊敬する、演奏を主の職業にしている、素晴らしいチェリストは周りにたくさんいます。
どうやら、ひとつのことだけを極めることは、私の性格上難しいようなので、3本柱、多面体、、、というようなキーワードで、いくつかを往復しながら、美しいこと、ものを追求していけたらと思っています。

今日は、新年の挨拶がてら、行きつけの焼き肉やさんに家族で食事に行きました。お店というのは、案外「よく似た」方々が利用するところもあるように感じますが、そこは、まったくそういう感じもなく、年齢や、雰囲気も様々な人たちがいる気がします。
今日は、障害のある方なのか、時々大声が出る方が3世代くらいでしょうか、ご家族で
食事されていました。お店には、デートのカップル、家族づれ、ご夫婦、お友達同士、、など様々で、赤ちゃんが泣いたり、うちの子供含め子供たちがワイワイ言っていたり、
実に様々な人が、食事していて、ああ、いい風景だな、とおもわず思いました。

もちろん、シチュエーションでお店選びをする場合もありますが、美味しいものを大好きな人とわいわい囲む、もしくは一人でゆっくり味わう、、、などというこのシンプルな喜びを、それとなく周りの人々と共有できるお店って、素敵だな、と思いました。
なんだかピクニックコンサートの会場のようだな、と思って、食事をいたしました。
その会場を作っているお店の方をふとみたら、お客さんの赤ちゃんを抱っこして、お母さんは、しばし食事を楽しんでいました。本当にこういう光景は大事だなと思います、、。


2020年1月4日土曜日

あけましておめでとうございます。

あけましておめでとうございます。

忙しさにかまけて、前の投稿からずいぶん経ってしまいました。

秋冬は、ディレクターをしているアッセンブリッジ・ナゴヤ(http://assembridge.nagoya)の会期と自分の演奏の仕事も室内楽、オーケストラ、ピアノ教室発表会でのトリオ共演企画(この秋冬で5教室述べ50人ほど)ボランティア演奏など様々あり、あっという間に過ぎてしまいました。


新年初レッスンは今日から始まりました。
冬休み中、レッスン回数は減りますが、子供達は自分ながらに時間を見つけて、課題をこなし成長の姿が見えて嬉しい新年の始まりでした。

時には、自分で考えて、いろいろ工夫する時間も大切だと思います。
しかし、闇雲にやっていては、時間ばかりが過ぎてしまいます。

大事なのは、楽譜を読む力、「読譜力」そこから、音を(音楽、音質、音の表情など)想像する「内的聴覚)。

去年から、また、ソルフェージュでお預かりする子供たちがじわじわと増えています。
一般的にみていると小・中学生から、自分の楽器と、楽譜との乖離に悩み始める子(親、先生も)が増えてきます。
語学で言えば、難しい単語も知らないけど、なんだか政治経済について話さなくてはならない。もしくは、古語も、その時代の習慣や生活もしらないのに、源氏物語を読む、というような感じでしょうか、、。
曲の進度だけがすすみ、指は器用に動くものの、「読譜力」が追いついていない状態です。

幼児は、ダンボールを家に見立てて楽しく遊びます。それには壁と床があります。
そこに布をかけて屋根を作ることもあるでしょう。ドアをハサミで切って作ることもあるでしょう。
まずその小さな家(部屋)から音楽もスタートします。4小節、8小節の曲など、その中にも必ず床と壁があります。
小節が増えても、途中で転調しても、テンポが変わっても、おおよそ我々が勉強する曲には、壁と床、ドアや屋根があります。部屋の数が増えたり、天井が高くなったり、素敵な家具や絵があったり、おしゃれな窓枠が増えたりはするでしょう。作られた年代や、国によっても雰囲気が違います。

でも、床や壁がわからなければ、うまく家具を配置したり、その美しい窓に気付けないでしょうし、自分で家具の上にちょっとだけ花を飾ってみたらさらに良くなるのでは?ということもわからないでしょう。床を机をゴミだらけにしていては、せっかくの美しい装飾も見えないでしょう。

ただただ立派な家を見よう見まねで歩くのではなく、素晴らしい構造物を味わいながら、ときめきながら、その空間で過ごしたいものです。

今年も美しいものや事を、みなさんと色々な方法で共有できるように、レッスン、授業、講義、演奏、演奏会企画、等、日々のアップデートを忘れずにする時間もとりつつ行っていけたらと思っています。

本年もよろしくお願いいたします。

                            岩田彩子