2020年11月10日火曜日

怒涛の日々が続いています

 毎年関わっているアッセンブリッジ・ナゴヤが今年も始まっています。



3年目のレジデンスプロジェクトも、コロナ禍の中ではありましたが、無事に終了しました。

10日間、公募で選ばれた演奏家が、フェスティバル開催中のまちに滞在し、まちに演奏家のいる風景をつくる、というこのプロジェクト。続けることで見えることがあるな、ということが見えてきました。

屋上での演奏


若いフリーランスの演奏家はただでさえ、将来のことを模索しながら不安なのに、このコロナ禍で、押し潰されそうな不安も抱えているのではないか、と思いながら、日々、何ができるのかなと、ひた走りながら頭を捻っています。

私の関わるジュニアオーケストラも二回の定期演奏会が中止。勤務先の大学でも、学校祭はオンラインなどで、1年生などは特に関わりもないようで、、。演奏機会を奪われている子供達、学生たちにも機会を作りたいと、少数の方に向けてではありますが、ワークショップや、コンサートを開催予定です。(実施済みもいくつか、、)

そんな中、配信プログラムで、オーケストラに所属する方々からのお話を伺いました。皆さん口々に再会したときの喜びと、お客様のありがたさを語っておられたことが印象的でした。

http://assembridge.nagoya/2020/12626.html

ハッと気付きました。人間はやはりソーシャルな生き物なのだ、と。演奏を待ってくれる人がいるから演奏する。そんなシンプルなことが、あまりにも大きなパワーなのだ、と。確かに、家で一人でご飯を食べるときは適当でもいいか、となりますが、家族の分となれば、それなりに。またお客さんが家にくる、となれば腕をふるうように、他者がいるから頑張れる、力が出る、そんな当たり前のことを私も忘れていたような気がします。

小さい頃から、人前で演奏をすることはコンクールや試験など「評価される」ことのほうが多く、また演奏というのは楽譜(作曲家)と向き合うことだ、というような意識があり、相変わらず少なからず演奏家として20年近く活動しても本番が苦手でした。講義よりも、個人レッスンのような全員とお話できるレッスンが好きなのも、相手がどう思っているかな?伝わっているかな?ということが常に気になるからなのかもしれないと自己分析。

徐々に演奏活動も振替のものから始まってきています。レッスンも大学も今のところ、ほぼこれまで通り。

大好きな飲み会もないのに、なぜか、仕事で詰まりすぎている予定と、衰えてきた体力との勝負をしながら年末まで、体調に気をつけて、駆け抜けたいものです。




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